おっちゃんのひとりごと

おっちゃんのひとりごと

”旨い”とは、味覚、視覚、聴覚、嗅覚、触覚の五感が揃って感じるものであるということは言うまでもない。

しかし、これらだけでなくその場の環境、感情により大きく左右されることもある。

過日お昼どき、満員でカウンターだけの中華レストランでのこと。

久しぶりの中華ランチで、酢豚も、チャーハンも旨かった。

わずかに空いた私の横に、体格の良い中年のおっちゃんが、ジャンパー姿で座った。

私と肩が触れ合うほど接近して座っていたそのおっちゃんは、旨かったのか、お腹が空いていたのか無我夢中で食べていた。

しかし、何か私の脳裏に不吉な予感がした。

その予感は的中した!

私がチャーハンをほうばるのと同時に、そのおっちゃんは自分のから揚げ定食と私の酢豚定食に向かって、

「ふあっくしょん!・・・ ふわっくしょん!・・・ふわっくしょん!・・・・」と3回立て続けに、えげつないくしゃみをした。

私のスーツの肩から、袖にくしゃみの唾がかかり、私の酢豚の上にも、食べかすの米粒の小さいのが2,3つ、

ついたのが目で見てもよくわかった。

一挙に食欲が無くなり、不味く感じるようになった。

しかし、食べないともったいないので、無理やり喉につめこんだ。

一方、そのおっちゃんは我かんせずで、旨そうに食べている。

私にとっては最悪のランチであった。

同様に、同じ料理でも絶世の美女がおもてなしをしてくれれば、旨く感じるし、

不潔な服装で、爪あかがたまったおっちゃんがおもてなしをしてくれれば、味は半減する。

要するに食とは、五感だけでなく、感情・環境にも大きく左右される非常にデリケートなものと改めて感じる。

 

 

 

30年以上前、特に当時のブラウン管テレビの映像が悪くなると、テレビの横っ面を、

微妙な強さで”どんどん”と叩くと、綺麗に映像が映ることがよくあった。

不器用な私に家内から「お父さんの取り柄は、テレビを叩いて直すことやねー」と、よく言われたものである。

また最近、会社のパソコンもそろそろ寿命なのか、突然インターネットが繋がらないないことがよくある。

その時は、パソコンのコンセントの差込口に、「くっくっ・・」と刺激を与えると、インターネットに繋がる。

ちょっとした刺激が微妙な接触不良に、効果的に作用したのだろう。

過日、家内が大寒の日にエアコンを入れようとリモコンを押すが、作動しない。

意地になって、何度も押すが、まったく作動しない。

電池を替えても音沙汰なし。

そこで、私の出番、「チョット、リモコン貸して・・・・」とリモコンを取り上げ、

リモコンの上部をテーブルの角で「コンコン・・」と押すと、何とエアコンが作動した。

自分でも思わず、「人間誰でも、取り柄はあるもんやなー・・」と自画自賛。

我が家で久しぶりに、存在感を示すことができた。

しかし、最近の家電製品、機械類は、昔と違い精密に造られているので、衝撃は逆効果になるとも言われている。

時代遅れのアナログおっちゃんは、我が家でも、会社でも益々存在感がなくなりつつある。

寂しい限りである

3年ほど前から、長野県のある農家から、りんごを安く分けてもらっている。

味はイチオシ、蜜がジューッとつまり「思わず 美味しい!」と うなってしまう。

しかし、残念ながら形は大小色々で、皮も中高年の顔と同じで、あちこちにシミのようなものがつき、

りんごの歌のように 「赤いりんごにくちびるよせて♪♪・・・・・」とは言い難い。

この味で、色・形がよければ百貨店のフルーツ売り場で、驚く値段がついているであろう。

と言いながら、普段家で食べるのではこのりんごで充分である。

飽食の時代、そして消費期限・賞味期限が謳われ、廃棄処分される食品の多いこと。

私自身若い頃は、食べ方も汚く、口に合う美味しいもの中心で、口に合わないものは食べ残すことも多かった。

この年になって、やっと米一粒も大事にするように食べている。

ふと家内が横で「そんなに綺麗に食べたら、血糖値が上がり、糖尿病になるわよー!・・・・少し残したら」

と声がかかる。

食物の大切さがわかるのがあまりに遅すぎた。

今更ながら、忠臣蔵「遅かりし、由良之助(内蔵助)」の境地である。

少し前のこと、学生時代の友人の奥さんで、高校の教師をされている方と、

私が人生の糧としている、「人に優しく、自分に厳しく」と言う文言について話していると、

その奥さんが「私やったら人に厳しく、自分にも厳しくやわ!」と返答された。

なるほどそういう考え方もあるのかなと、妙に納得した。

「人間ができている」人であれば「人に優しく、自分に厳しく」の文言どおり、

人にはいつも優しく接し、絶えず人のことを考え、思いやることができる。

また、理不尽なことを言われても、平常心でおだやかに返答できるであろう。

一方、自分自身は絶えず自己啓発して、切磋琢磨し、自分も磨けるであろう。

しかし、凡人の私など絶えずそういう生活を送っていると、どこかで堪忍袋が切れてしまい、

欲求不満で最後に爆発するかもしれない。

と言って「人に厳しく」は自分自身がいいかげんであるのに、

また、私の性格からそうはできない。

とすれば、私に最適な人生の糧は「肩肘張らずほどほどに人に優しく、ほどほどに自分に厳しく」かなと

これが私に一番合っているようだと、最近頓に自分に言い聞かせている。

もう5~6年前になるが、「阪急電車 片道15分の奇跡」と言う映画が話題になった。

阪急今津線、西宮北口駅から宝塚駅までの数々のエピソードを、実際はこれほど偶然が重なることはないが、

面白おかしく、またヒューマンタッチに描いた作品であった。

一方、過日泉北高速線の和泉中央駅から難波までの車内での事。

ある駅から20歳前後と思われる女性が乗車してきた。

物凄い勢いで「ドン!・・」と私の隣に座り、隣の私が飛び上がらんばかりの勢いであった。

そして、座るなり鏡を出し口紅を塗り、付けまつげ、基礎化粧まで化粧のオンパレード。

やおら化粧が終わると、スマートフォンを出し、ゲームにはまる。

そして、堺東に着くとあわてて、私の足を蹴飛ばして降りていった。

その女性が降り、私の向かいに先ほどと、同じ年齢くらいの女性が乗車された。

足を少し斜めにし、みるからに上品そうで、姿勢も良い。

そして、バッグから文庫本を出し読み出された。

しかし、次の駅で高齢の女性が乗車されると、サッと立ち上がり、会釈しながら席を譲られた。

先ほどの化粧の女性とは裏腹で、見ていてすがすがしい気分になった。

また、そのつかの間、後ろの車両から小太りのおばちゃんがきょろきょろしながら、

わずか30cmほどの座席の空間に、すみませんも言わずに強引に座った。

と同時にその隣に座っていた30代に見える女性が、恐ろしく怖い、不愉快そうな顔で立ち上がり、

そのおばちゃんを睨んでどこかへ行ってしまった。

わずか20分程の出来事であるが、人いろいろであるとつくづく思った。

しかし、それらの様子じーっと見ている私も気楽なおっちゃんである。

 

 

お風呂倶楽部の運営会社 株式会社ヤマユウ
お風呂倶楽部の運営会社 株式会社ヤマユウ

人とのつながりを大切にしています。
そしてこれは社員一同日々心掛けていることでもあります。

というのも私達とお客様、立場に違いはあれど、一生懸命気持ちを持って接していれば、気持ちは伝わると信じています。
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山本 優一